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登山

 俺はこの山を登り切ることができないと思っている。登り始めた、今まさに、だ。

 俺は体力に自信がない。一回り近く歳の離れた上司よりも体力がないのである。外仕事が多い職場の上司は、先日の勤務中に熱中症で倒れた。俺は外回り中に熱中症で倒れる上司よりも体力がない。上司は倒れた前日、韓国へ旅行に行っていたらしい。その旅行疲れで倒れたのではないかとお思いになられるだろうが、その韓国旅行中、古城を見学に行く道中の山登りでも熱中症で倒れたらしい。俺の心配の元となっているのは、むしろそっちだ。俺より体力のある上司が山登りで倒れているというのに、俺が倒れずに山を登れるわけがない。倒れてしまえば、山登りはそこで終わってしまう。倒れたら斜面を転がり落ちて行って、振り出しに戻るからだと言っているわけではない。そんな訳がない。山はそれほど急勾配な斜面ばかりではない。

 視線を上げると山頂はまだまだ先だ。いや、思ったよりも進んでいる。いつの間にこんなに歩いたのだろう?不思議に思いながらも歩き続ける。ああ、やはりだ。今日はいつもより歩みが早い。みるみるうちに頂上に近づいている。近づく、近づく……、…いた、ついた。着いたぞ、てっぺんだ。頂上だ。まだ進む、頂上よりたかく、上がる、上がる。おかしい。周りの山々よりも高く、俺は進む。見渡す限り俺より高いものはない。本当におかしい、どうかしているぞと足元をみると、ヤマドリだ。俺はヤマドリの上を歩いていた。大空を飛ぶ巨大なヤマドリの上を歩いていたのであった。

「ヤマドリじゃないか」

 俺は声にも出した。巨大といっても、通常より三倍ばかししか大きくない。つまりその体長は、三メートル前後だ。ずいぶん歩みが早いな今日の俺はと思っていたのが、それは高度を上げながら飛ぶヤマドリの背にいつの間にか乗っていただけで、その上をちょこちょこ、カタツムリのような歩みでいただけなのであった。

「いやにデカいヤマドリだな」

「ヤマドリですよ」

ヤマドリがしゃべった。しかも俺の言葉に答えるかたちで、だ。

「土足ですまない」

「いいですよ。外車買いたてのヤンキーじゃないですから」

 またしゃべった。しかもよくわからないユーモアを挟んでくる。

 俺は全然歩けてなんかいなかったのだ。ヤマドリの話す人語より、やはりそのことが突き刺さる。体力に自信がなかったのが克服されたと思った矢先、これだ。クソヤマドリめ。ぬか喜びさせやがって。撃ち殺してやろうと思ったが、ヤマドリは非狩猟鳥だ。いや、それは亜種のコシジロヤマドリの方であった。ただのヤマドリは狩猟対象だ。撃っていい。よし!!

「撃たないでください」

「おまえ人の言葉をしゃべれる上に、こころまで読めるのか」

「いえ、あなたが私を撃ちそうな顔をしていると思っただけです」

 うむ、なかなか鋭いヤマドリだ。その≪導く薬指の鎖“ダウジングチェーン”≫さながらの洞察力に免じて、撃つのは勘弁してやることにしよう。しかし、銃も持っていないのに顔色だけで発砲の意をくみ取るとはどういうことだろうか。そもそも狩猟免許もないというのに、俺はなぜ撃ってやろうなどと思ったのだろう。そして、どうしてそれをヤマドリは感付いたりなんかしたのだろう。こいつ適当言っているな。まあいい、どうでも。と思っているうちにヤマドリはライチョウに変わってしまった。巨大なライチョウになってしまった。忙しい奴だ。

ライチュウに進化しました」

 よくわからないユーモアを挟んでくる。ポケモンGOのやりすぎだろうか。第一、今2016年7月31日でありポケモンGOが日本配信されたばかりで、大国家アメリカ様に右ならえ!とばかりに社会問題を伴う大ブームとなっているが、この自主本『拒絶の乱交ファービィ 第二集』が配布されるころにまだそのブームは続いているのだろうか。とっくに時代遅れの話題となっていそうな気がする。そもそも、この自主本と銘打った糞のクソ煮込みもどきを俺はいつ配布するのだろうか。誰に、どういう手段で。ああ、俺は本当に何をやっているのか、いつもいつも部屋で夜になるとわからなくなって陸に急激に上げられた深海魚が浮袋を吐き出してしまうように空気のゲロみたいなやつが、こみ上げて、魂なのか俺は魂を吐き出そうと夜な夜な悩んで無駄に悩んでどうにもならない、というのにこの先俺には何も起こらないとなぜ信じて慎ましく生きることに専念できないのかクソ生きたくない死んでしまうのが怖いが生きたくないひたすらに生きる気がない山登りだ。そうだ、山登りだ。俺は山を登っていたのだった。今やライチョウ乗りになってしまったけれども。ライチュウとか言ってるけれども。

ライチュウって今の子供達知ってるのかな。あれ一世代目とかに出てくるポケモンじゃんね。ポケモンGOやってる子供たち、ライチュウとかわかってやってんのかな」

ピカチュウは今でも第一線で頑張ってて知名度あるし、進化形のライチュウだって現代っ子知ってるんじゃないですか?ていうか、私ポケモンGOやってないのでwどういう層がやってるのか知らないですけどwwあれやる人の気が知れませんよねほんとにwwww」

 まさかのポケモンGOアンチのライチョウだった。流行り嫌いのライチョウ。しかも相当嫌なタイプだ。

 せっかく人語を介す鳥に出会ったというのに、それも初めてであるというのに、その初めてが流行りモノ嫌い押しつけ鳥だなんて、がっかりだ。押しつけ鳥、と思っていたらおしどりになってしまった。なっていない。勘違いだ。見間違えた。もう疲れた。疲れ目だ。結局大して、というか全く歩いていなかった訳だが、歩いた気にさせられたし、気が疲れた。気疲れ、気疲れ。俺は体どころか精神も弱い。鬱病だ。鬱病患者の洒落もどきだ。鬱病は嘘だ。疲れ目だ。疲れ目で幻覚を見てしまった。精神は関係ない。俺は鬱病じゃなかったんだ。良かった。

 それにしてもこのライチョウは飛び続ける。もうかなり高いところを飛んでいるが、それでもまだ高度を上げ続け、飛行を続ける。太陽が近くなった気がする。

「おいライチョウよ。どこまで行くのだ」

「決めていません。しかし、目標は高い方がいいといいますから……」

 なんと心を打つことを言うライチョウだ。感心させられる。俺もこうあらなくては。思えば、これまでの人生下を向いてしかいなかった。下を向いていたら地面にアリの這ったか何かの跡が面白い模様みたいに見えた気がして、これを見つけたのはきっと自分だけだと、せっせとスケッチをし続けていたら、気づけば歳ばかりくっていて、さてそのスケッチブックを改めて見てみると、どうにも何にも、何にもなっていない。つまらない線の羅列でしかない。折れたシャーペンの芯に気づかず腕で引きずっちゃってできた汚れと変わんないじゃん、みたいな時間をずっとずっと過ごしていたような気がする。それに比べ、このライチョウの言うことは素晴らしい。自分でもわからないくらい上を、高みを見ている。浅田真央ちゃんくらいすごい。

 にしても、これはちょっと高すぎる。息苦しくなってきた。山を登り始める前は高山病の心配もしていたのだが、もうそんなレベルじゃない。まじで酸素が薄い。苦しい。うう……、苦しい!

「だって、もう成層圏に突入していますもの」

 だって、じゃない。なんだよ成層圏って。どこの範囲かはっきり知らないよ。無知だから。白痴だから。白痴は違うか。とにかく、成層圏って何のことを言っているのだ、とスマホで調べてみた。ふむふむ。Wikipediaによると、

 

成層圏(せいそうけん、stratosphere)とは、地球の大気の鉛直構造において対流圏と中間圏の間に位置する層である。対流圏と成層圏との境目は対流圏界面(高度は極地で約8km、緯度が低くなるに従って高くなり赤道付近で約17km)、成層圏と中間圏との境目は成層圏界面(高度約50km)と呼ばれる。

 

ふむ。なるほど。そういうことか……、よくわかんない。もう少し読み進めてみよう。スワイプ、スワイプ……

 

成層圏の特徴

対流圏や中間圏では高度とともに温度が低くなるのに対して、成層圏では逆に、高度とともに温度が上昇する。

 

 高度とともに温度が上昇する……ねえ。なるほど。って、暑い!!!!暑いよ!!!!!!温度上昇してるよ!!!!!!そこまで上昇志向にならなくていいよ!!!!!!!!!!!無駄な意識高い系が一番嫌われるし、ダメな奴だろ!!!!銃殺するべき対象だろ!!!!!!!!!!!!!!!!!

「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません……」

 だめだ。こいつすっかり「よだかの星症候群(ヨダカ・シンドローム)」になってやがるし、実際によだかになってもいる。よだかに乗ってどこまでも。よだか醜っっ。気持わるっ。温度が上がるにつれてよだかの見かけだけじゃなく、俺の気分も悪くなってきた。吐きそうだ。酸素が薄いだけでなく、うだるような暑さなのだからな。吐いた。よだかがライチョウだったときにならって上を向いていたので、吐瀉物が逆流して喉につかえる。甲虫を飲み込んでもがき苦しむよだかのようだ。ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される……。いけない、俺まで「よだかの星症候群(ヨダカ・シンドローム)」にかかってしまいそうだ。俺は鬱病ではない。俺は先日心療内科に出向き、「鬱病統合失調症、薬物乱用の傾向、行為の是非を判別して行動する能力が低い傾向」の無さを示す診断書を医者に書いてもらっている。健全だ。まったくもって、胸を張って正常な精神を持っていると言える。お前なんかより、お前らなんかより、俺は、俺だけは、正常だ。正常なんだ、暑い…。温度は異常だが、俺は、正常だ。正常……。暑、正常……。暑正常、正常だ……。正常であるのに………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正、……常………………………………………………………………………………………暑、、……………………………、い……………………………正常、……………………………………………………………………………………………………………………………暑っ、

 

 

 

 暑い。真夏にエアコンを切タイマー(2時間)かけて寝ると、起きたとき暑いね。汗だくだ。なんか変な夢も見たし。最近は起きてるより夢の方が楽しいからたくさん寝ていたいって思ってたくらいだったのに、久しぶりの悪夢だ。

 

 と、寝ぼけ頭で思いながら俺は脱水症状で体が硬直し、そのまま誰にも気づかれずに死んでしまった。